2013年9月11日水曜日

【911 】

その日は、ちょうど学校があった。
ライター養成講座の仕事を終えて、
別の仕事を片付ける為に、事務所に戻った。

軽く夜食をとりながら、TVをつけた。
ウソコイ』が、最終回だった。
なかなか味のあるドラマだった。

途中で、映像が切り替わる。
飛行機が建物に突っ込む。
ビルから、人が落ちる。



意味がわからなかった。
何これ、映画の撮影?
リアリティを感じなかった。

変なことで、覚えている。
忘れてはいけない事件。
あれから、干支が一回りした。

==

それまでは“国”だけが
“戦争”を独占していた。
「テロとの戦争」、その構図が崩れた。

ありとあらゆるものが崩れた。
何か確固としたものがあった。
それが“崩れた。”果たしてそうなのか?

今まで、厳然とあったもの。
それは、実は、強固なものでなく、
ゆっくりだけど、着実に変化していた。

しかし、動かないと誤認していた。
その動くスピードは、変化する。
また、動き方も変わる。

方丈記」にあるとおりだ。
消えたうたかた、生まれるクラムボン。
われても末に逢はむとぞ思ふ。

==

僕らは、通常、今日の次に、
明日が来ると思っている。
だから、明日の約束をする。

でも、日常が切れる日は、急に訪れる。
予兆はゆっくり、だが着実に起こっている。
変化についていけないのは、早いときばかりじゃない。

認識できない小さな変化に、
人はついていけない。
誤差とか、変化を認めないカタチでやりすごす。

変化は、起こっている。
では、準備ができているか。
想像すらできていないのではないか?

だから、架空の世界に身を置こう。
自分の居場所を変えてみよう。
歴史に“もしも”はないが、その“もしも”を想像しよう。

おそらく、変化なんてこないよ、
そんなのは、特別さと思っていれば、
余計なシミュレーションは時間のムダだ。

ある事柄を説明するために、
必要以上に多くを仮定するべきではない。

人間の認知能力に限界がある以上、
あらゆることを想定することは不可能だ。
しかし、“想定外”を“想定”する。

それは、いやな未来を
想像することになろうとも、
必要なことかもしれない。

明日の自分を生き抜くために。
仮に、想定したことに、

今は、対応ができなく、つらくても。

0 件のコメント: